大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和29年(行)122号 判決

原告 鹿島嘉一郎 外一名

被告 国

主文

原告等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

原告等訴訟代理人は、請求の趣旨として、次のような判決を求めた。

「一、東京都知事が別紙物件目録記載の各土地について別表記載の者を買収の相手方、別表記載の日時を買収期日として別表記載の日付で買収令書を発行してした各買収処分及び別表記載の者を売渡の相手方、別表記載の日時を売渡期日としてした各売渡処分はいずれも無効であることを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。」

第二、請求の趣旨に対する答弁

被告指定代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

第三、請求の原因

一、別紙物件目録第一、第二(一)(二)、第三(一)乃至(三)記載の土地はもと原告先代鹿島嘉六の所有であつたが、昭和三二年四月五日同人が死亡したので原告鹿島嘉一郎が相続によりその所有権を取得したものであり、別紙物件目録第四記載の土地(以下別紙物件目録第一乃至第四の土地を総括して本件土地という。)は原告長谷川宇三郎の所有であるが、東京都練馬地区農地委員会は、右各土地が旧自作農創設特別措置法(以下旧自創法という。)第三条第一項第二号にあたるとして別表買収計画樹立の日時欄記載の各日時に同表記載の買収期日及び売渡期日として買収計画及び売渡計画を樹立し、東京都知事は、右各土地につき右買収計画及び売渡計画にもとずき右各期日を買収期日として別表記載の日付で買収令書を発行し、これをその頃別表記載の買収の相手方にそれぞれ交付して各買収処分(以下右各買収処分を総括して本件買収処分という。)をし、さらに右各期日を売渡期日として別表記載の売渡の相手方に対して各売渡処分(以下右各売渡処分を総括して本件売渡処分という。)をした。

二、しかしながら、本件買収処分は次のような理由によつて、かしがある。

(一)  本件土地は、昭和二二年三月頃、連合国占領軍(以上占領軍という。)用地として接収されたため、被告がこれを鹿島嘉六並びに原告長谷川(以下原告等という。)より借り上げ、本件買収計画及び買収処分当時占領軍用地に提供していたものであるから、旧自創法第五条第一号に該当するいわゆる国が公共用又は公用に供している農地として当然買収できないものであつたのに、被告がこれを買収した本件買収処分は同条に違反するかしがある。

(二)  本件土地は本件買収処分当時小作地ではなかつたので、これを旧自創法第三条第一項第二号にあたるとしてした本件買収処分はかしがある。すなわち、占領軍が本件土地を接収した直後、被告は当時本件土地を小作していた藤並政彦等に対し、離作料として反当り約金七、五〇〇円を支払い、藤並等は右離作料を異議なく受領してその小作権(賃借権)を放棄したのであるから、本件買収処分当時藤並等がいぜん本件土地を耕作していたとしてもそれは何ら正当な権原にもとずくものではなく、事実上耕作していたにすぎないのであるから本件土地を小作地と認定してした本件買収処分は違法である。なお藤並等が受領した金員は本件土地の売買価格(反当り約九〇〇円)の約七倍半にも達する金額であつたのであるから、単なるいわゆる立毛補償金とみるべきではないし、また当時藤並等と同様な立場にあつた多数の小作人は、その後永久に耕作権を失いながら新たに補償を受けていないことは右金員が離作料であつたことを裏付けるものである。

三、しかして本件買収処分に存する右のかしは重大且つ明白であるから、本件買収処分は無効である。すなわち本件買収処分当時、練馬地区農地委員会は本件土地を買収することが前述のとおり違法であることを十分了知しておりながら相原弥太郎等一部委員の策動により何らかの目的に供するため敢えて違法な買収処分をしたものであるから、本件買収処分のかしは重大であるのみならず明白でもあつて当然に無効というべきである。

四、本件売渡処分は、本件買収処分が有効であることを前提としてなされたものであるから、前述のとおり本件買収処分が無効である以上、これまた無効であることを免れない。よつて本訴において本件買収処分、売渡処分がいずれも無効であることの確認を求める。

第四、被告の答弁及び主張

一、請求原因事実第一項記載の事実は、本件土地が現在原告等の所有であることを除いて認める。同第二項記載事実のうち本件土地の賃借人等が原告等主張の金員の支払を受けたこと(但しその趣旨は否認する。)は認めるがその余の事実は争う。

二、本件買収処分は次のような理由によつて適法である。

(一)  本件土地は本件買収処分当時、旧自創法第五条、第一号に該当する土地ではなかつた。

(1) 本件土地は、昭和二二年三月頃、占領軍の成増地区家族住宅(通称グランドハイツ。以下グランドハイツという。)を建設するために必要な工事用地の予定地として指定され、被告において原告の同意を得てこれを一時借り上げたことはあるけれども本件土地が接収地として接収され、あるいは現実に工事用地として使用されたことはない。

(2) グランドハイツは、占領軍が旧成増飛行場跡約四八、〇〇〇坪(以下A地区という。)及びその周辺の民有農地約九七、〇〇〇坪(以下B地区という。)を接収してその地上に建設(昭和二三年八月頃に略完成)したものであるが、昭和二二年三月頃、その着工にあたり右工事に必要な材料の置場、作業場、材料の搬入搬出等のための用地としてA、B地区の隣接農地の利用が相当必要となることが予想されたので、建設工事の実施にあたつた東京都は、所有者及び耕作者の同意を得て隣接農地約八四、〇〇〇坪(以下C地区という。)を工事用地と定め、その後事務を引き継いだ調達庁においてC地区の土地をA、B地区の土地と同様にその所有者より借り上げたものであつて、本件土地はC地区内の土地に外ならない。しかしながら占領軍がグランドハイツ敷地として接収した土地はA、B地区のみであつたのであるから、本来C地区内の土地は借上の対象とされるべき筋合のものではなかつたのであつて、結局錯誤によつて借り上げられたにすぎない。それ故、昭和二三年一〇月一日付でなされた本件土地の借上契約は昭和二八年に至るまで事務的に更新されたけれども、その後右契約が錯誤にもとずくものであることが判明したので被告は昭和二九年六月一九日付で原告等に対し解除の意思表示をした。

(3) 旧自創法第五条第一号にいう公用又は公共用に供している農地とは、国又は公共団体が官公立農事試験場、官公立学校などの試験研究用に利用する農地を指すのであつて、前述のとおり単に形式的に借上契約が存在していたにすぎない本件土地などはこれに該当しないことが明らかである。

(4) 仮りに本件土地の一部がグランドハイツの敷地として現在利用されているとしても、右土地が敷地として現実に利用されるに至つたのは昭和二八、九年頃であつて、本件買収処分当時は農地として耕作の目的に供されていたものである。

(二)  本件土地は本件買収処分当時旧自創法第三条第一項第二号に該当する小作地であつた。

(1) 被告が本件土地を借り上げるにつき、当時本件土地を小作していた相原貴一郎、小沢銀蔵、藤並栄三郎に支給した金員は、いわゆる立毛補償金であつて離作料ではない。すなわち被告はグランドハイツの完成までに要する予定の一年半の期間内の収獲を補償する趣旨で相当額の金員を支払つたものであつて小作人としては右補償金の受領によつてその小作権(賃借権)を完全に放棄したものではなく、単に建設工事のため農地として耕作が不可能な期間中事実上耕作を中止することを同意したにすぎない。しかして小作人等が右補償金の受領後も本件土地の小作料を原告等に支払つていたことは右のことを裏付けるものである。またA、B、C各地区を通じて補償金が同じ割合であつたのは、右補償金支払当時、グラランドハイツの敷地、工事用地の区分がはつきりしていなかつたため工事の継続中収獲が皆無となる場合を標準として補償金支払の割合を定めたためである。

(2) 仮りに小作人等に支払つた金員が離作料であつて小作人等が小作権(賃借権)を放棄する代償のつもりでこれを受け取つたとしても、賃借権は当事者間の信頼関係に基礎を置く賃貸借契約より生ずる権利であつて、これをめぐつて当事者の利害関係が強く対立する性質を帯びているのでこれを賃借人が一方的に放棄することは法律上許されないものといわなければならない。

したがつて小作人等が小作権(賃借権)放棄の意思をもつて前記金員を受領したとしても、その放棄の効力は発生せず単に賃借権不行使の義務を負つたにすぎない。

(3) 仮りに賃借権の放棄が法律上許されるとしても、賃借権は賃貸借契約が解除又は解約されるまでは存続するのであるから、本件において原告等と小作人等との間の賃貸借契約が解除又は解約された事実がない以上、小作人等の賃借権は当然に存続しているものというべく、仮りに当事者間において解除又は解約の意思表示がなされたとしても、旧農地調整法第九条にもとずく知事の許可を受けていないので無効である。

(4) 仮りに原告等と小作人等との間の賃貸借契約が適法に解除又は解約されたとしても、小作人等は占領軍の承諾を受けて本件土地を耕作していたのであるから、本件買収処分当時占領軍と小作人等との間に使用貸借関係が存在していた。

三、仮りに本件買収処分当時、本件土地の一部がグランドハイツの敷地として利用されていたとしても、その部分は本件土地の僅小な部分にすぎないからこれを含めて小作地として買収しても、その買収処分はまだ重大且つ明白なかしを有するとはいえない。一般に行政処分が無効というためには、当該行政処分のかしが重大であると同時に客観的に明白でなければならないのであるから、その程度に達しないかしがあるにすぎない本件買収処分は取消の対象となるのは格別、当然に無効ではない。

四、仮りに本件土地が本件買収処分当時、小作地ではなく以前の小作人等が事実上耕作していたにすぎないとしても、本件買収処分は無効ではない。すなわち本件土地は小作人等が終戦前より原告等から賃借して耕作していたものであつて、グランドハイツの工事用地として指定された後も占領軍の承諾を受けて耕作を継続していたのであり、しかもいぜんとして小作料を原告に支払つていたのであるから、本件買収処分当時本件土地が小作地でなかつたことは明白であつたとはいい難く、練馬地区農地委員会においてこれを小作地と認定したことは極めて自然であつたというべきであり、したがつて本件買収処分のかしは、客観的に明白であつたとはいえないので取消の対象となるのは別として当然に無効ではない。

旧自創法、農地調整法等によるいわゆる農地改革は、当時の情勢上迅速に行うことが要請されたため、旧自創法施行令第二一条第一項は、政府は旧自創法第三条の規定による買収処分、同法第一六条の規定による売渡処分を昭和二三年一二月三一日までに完了しなければならないと規定し、さらに右施行令第二一条第二項は、市町村農地委員会は旧自創法第六条の規定による買収計画、同法第一八条の規定による売渡計画を速かに定めるものとし、遅くとも昭和二三年一〇月三一日までにこれを完了しなければならないと規定したのであり、しかも右短期間のうちに全国で二、〇〇〇、〇〇〇町歩にも及ぶ小作地の解放が計画されたのである。このように短期間のうちに広汎な農地の買収、売渡が要求されたため、買収の対象となつた個々の農地の状況を詳細に調査することは不可能であり、したがつてその調査はある一定の限度で満足せざるを得なかつたのであるから、本件のような事情がある場合には、さらに慎重な調査によつて本件土地が小作地ではないことを明らかにすることは不可能を強いるものであつたというべきであり、その意味においても本件買収処分のかしは明白ではなかつたものといわなければならない。

第五、被告の主張に対する原告の陳述

被告の主張事実のうち原告等がもと相原貴一郎、小沢銀蔵、藤並栄三郎に本件土地をそれぞれ賃貸していたこと、被告がその主張の日に本件土地の借上契約を解除する旨原告等に通知をしたことは認めるが、本件土地が工事用地の予定地にすぎなかつたこと、一度も工事用地の目的に使用されず引き続き耕作されていたことは否認する。

第六、証拠関係〈省略〉

理由

一  別紙物件目録第一、第二(一)(二)、第三(一)乃至(三)記載の土地がもと鹿島嘉六の所有であり、別紙物件目録第四記載の土地がもと原告長谷川宇三郎の所有であつたこと、東京都練馬地区農地委員会が別紙物件目録記載の各土地について旧自創法第三条第一項第二号あたるものとして別表記載の日時に同表記載の期日及び売渡期日として買収計画及び売渡計画を定め、東京都知事が右各土地について右各期日を買収期日として別表記載の日付で買収令書を発行し、その頃別表記載の買収の相手方にこれを交付して買収処分(本件買収処分)をし、さらに右各土地について同じく右各期日を売渡期日とし別表記載の売渡の相手方に対して売渡処分(本件売渡処分)をしたことは当事者間に争がない。

二  原告は本件土地は本件買収処分当時旧自創法第五条第一号にいう「国又は公共団体が公共用又は公用に供している農地」に該当するものであつたから当然買収することはできないものであつたと主張するのでこれについて判断する。

(一)  証人上野徳次郎、同真田武夫、同増田晃次郎、同中村三郎の各証言と成立に争のない甲第七乃至第一三号証、第一四号証の一乃至五、第一五乃至第一七号証、第一八号証の一乃至三を綜合すると、昭和二二年頃、占領軍はもと成増飛行場附近に家族用住宅(グランドハイツ)を建設するため被告に対して右建設敷地の調達を求める調達命令を出したこと、被告は右建設敷地としてもと成増飛行場跡の国有地約四八〇、〇〇〇坪(A地区)の外附近の民有農地約九七〇〇〇坪(B地区)をその所有者等より借り上げて占領軍に提供することとして右農地の所有者等との間に借上契約を結んだが、その後さらに右建設工事に使用するための工事用地として隣接の民有農地約八四、〇〇〇坪(C地区)を借り上げることと定め、所管行政庁において右農地の所有者等との間に借上契約を結んだこと、本件土地(但し後記のように別紙物件目録第二(二)の土地のうち後に分筆された同所四二二九番地の二を除く。)はC地区に含まれていたこと、別紙物件目録第一、第二(一)(二)、第三(一)乃至(三)記載の土地については特別調達庁と鹿島嘉六との間に昭和二三年一〇月一日付で、同目録第四記載の土地については同庁と原告長谷川との間に昭和二四年一〇月一日付でいずれも契約期間を昭和二二年三月三日より同二四年三月三一日として各借上契約が結ばれたこと、右借上契約はその後毎年更新され、昭和二八年三月三一日まで存続していたことが認められる。右認定を左右するに足る証拠は存在しない。

(二)  旧自創法第五条第一号にいう「国………が公共用又は公用に供している土地」は、必ずしも国が現に公共用又は公用に供している土地のみならず、近い将来において公共用又は公用に供することを国が予定してあらかじめその権原を取得している土地も含むものと解すべきであるが、前記認定のとおり本件土地(前記一部を除く。)は被告においてグランドハイツの建設工事用地として占領軍に提供するため原告等より借り上げたものであるから、たとえこの借上契約存続中のある時期において現実に工事用地として使用されていなかつたとしても、右契約が存続している限り国はこれを近い将来において工事用地として使用することを予定してあらかじめその権原を取得していたものと一応推定することができる。しかしながら、前掲各証人の証言と証人小沢松寿、同相原貴一郎、同藤並政彦の証言を綜合すると、本件土地は右借上の後グランドハイツの建設工事がはじまつてもその工事用地としては殆んど使用されず、そのため従前の賃借人等において引き続き耕作していたこと、そこで、昭和二三年一〇月頃東京都練馬地区農地委員会は、本件土地を含む附近の農地について買収計画を定めるにあたり、本件土地を含む前記C地区内の農地が右工事用地として被告に借り上げられているものの、現実にはいぜんとして耕作され工事用地としては使用されていないという実情にあるところから、占領軍当局及び東京調達局に対しその所有者への返還方を折衝した結果、三者立会の上で実地調査が行われ、被告において借上中のC地区の土地のうち以後占領軍において使用する予定の部分と使用する予定のない部分との境界を確定し、後者については買収処分をしても差し支えないとの了解が成立したこと、前記農地委員会は本件土地は後者に属するとして本件買収計画を定め、さらに本件買収処分をするに至つたことを認めることができる。右認定を左右するに足る証拠は他に存在しない。そして右の認定事実からすれば、本件土地は本件買収処分当時において前記借上契約の存続にもかかわらずすでに近い将来において公共用又は公用に供することが予定されている農地としての実質を失つていたものといわなければならない。したがつて本件土地は本件買収処分当時旧自創法第五条第一号にいう「国………が公共用又は公用に供している農地」であつたのにこれを同法第三条により買収した本件買収処分は違法であるとする原告の主張は、後述のとおり別紙物件目録第二(二)記載の土地のうち同所四二二九番地の二に関する部分を除き、理由がない。

(三)  証人増田晃次郎、同小沢松寿の各証言と検証の結果によると別紙物件目録第二(二)記載の土地は他の土地と同じく被告の借上後も従前の賃借人によつて耕作されていたが本件買収処分の後同所四二二九番地の一と同番地の二の二筆に分筆され昭和二九年頃には四二二九番地の二の地上にグランドハイツの敷地の一部として道路が建設されたことが認められる。しかして右土地が本件土地の他の部分と異なり当初からグランドハイツの建設敷地、すなわちB地区の土地として借上の対象となつたものであることを直接積極的に認めうる証拠は存在しないけれども、前記のとおり現実にそれが建設敷地として使用されるに至つた事実から推して考えれば、とくに当初の建設敷地が後に拡張されたため改めて同敷地として借上の対象となつたというような特別の事情が認められない限り右土地は借上契約の当初から建設敷地として借上契約の対象とされていたものと推定せざるを得ない。そうして、右のような特別の事情を認め得るような事実の主張立証は何ら存在しないのであるから、右土地は本件買収処分当時国において近い将来占領軍の住宅敷地として使用されること、すなわち公用に供せられることを予定してあらかじめ権原を取得していた農地であつたというべきであり、これを看過してした本件買収処分は右土地に関する限りかしがあるといわなければならない。

(四)  しかして本件買収処分に先き立ち練馬地区農地委員会が本件土地について買収計画を定めるに際しては現地調査が行われ、以後占領軍において使用する予定のある土地とそうでない土地との間の境界を定めたことはすでに認定したとおりであるが、当初から建設敷地として予定されていた四二二九番地の二の部分が買収計画から除外されなかつたいきさつは前出各証拠によつても明らかでない。

原告は、前記農地委員会は本件土地が買収し得ない土地であることを知りながら敢て買収計画を定めたと主張しているが右主張を肯認するに足る証拠はない。したがつて結局において農地委員会は別紙物件目録第二(二)記載の土地全部を占領軍において使用する予定のない土地と誤認して右土地全部につき買収計画を定 め、さらにその買収処分がなされたものと解する外はないが、元来B地区とC地区との間には当初から外観上明確な境界線が存在したわけではなく、したがつて買収計画に先き立つ実地調査においても四二二九番地の二に該当する部分が建設敷地に含まれていることを看過したまま境界線を定めたということも十分ありうることであるのみならず、仮りにこの際には現地に即して右部分が一応占領軍の使用予定地のうちに含まれるような境界が画されたとしても、右土地は分筆前に一筆として買収された別紙物件目録第二(二)記載の土地の一部であつてしかもその小部分にすぎず、また当時もとの賃借人が他の部分と何ら区別することなく一筆の一部として耕作していたのであるから、右目録第二(二)記載の土地のうちに占領軍の使用予定地として、すなわち旧自創法第五条第一号に該当する土地として買収計画したがつてまた買収処分より除外されるべき部分があることは必ずしも外観上明白であつたとは認めることができない。これを要するに別紙物件目録第二(二)記載の土地についての買収処分のうち後に分筆された同所四二二九番地の二に関する部分は、前記のとおり旧自創法第五条第一号により買収することを許されない農地であることを看過してなされたことによるかしがあるけれどもそのかしは明白であるとはいい難いので右部分に関する買収処分も当然に無効ではない。

三  次に本件土地(個し別紙物件目録第二(二)記載の土地のうち同所四二二九番地の二の部分を除く。以下同じ。)が本件買収処分当時小作地であつたか否かについて判断をする。

(一)  証人増田晃次郎、同中村三郎、同小沢松寿、同小沢銀蔵、同相原貴一郎、同藤並政彦、原告鹿島嘉一郎本人尋問の結果を綜合すると、被告がB地区及びC地区に属する農地を借り上げるについては、当時の耕作者(自作の所有者又は小作人)に対し、一率に反当り金七、五〇〇円の補償金を支払つたが、当時本件土地を原告等より賃借して小作していた相原貴一郎(別紙物件目録第一、第三(一)乃至(三)記載の土地を鹿島嘉六より賃借)、小沢銀蔵(同目録第二(一)(二)記載の土地を同人より賃借)、藤並政彦(同人の父において別紙物件目録第四記載の土地を原告長谷川より賃借)も同率の補償金を受け取つたこと(同人等が金員を受領したことは当事者間に争がない。)、しかるに被告の借上後も占領軍において直ちに本件土地を工事用地として使用する気配はなかつたので、地主賃借人等の代表者が所管の東京都渉外部及び占領軍当局と折衝した結果、占領軍が当該土地を現実に使用するに至るまでは耕作を継続してもよいとの諒解を受け、前記相原貴一郎等の旧小作人は被告の借上後も引き続き本件買収処分に至るまで本件土地を耕作(但し工事用地として一時使用された一部の土地についてはその間耕作を中断)していたことを認めることができる。

ここで右補償金がいわゆる離作料の性質を有するものであるかあるいは立毛補償金の性質を有するものであるかが当事者間に争われているが、右補償金の金額一反当り金七、五〇〇円は、当時の貨幣価格からすれば優に数年間分の麦の収獲高に相当するものであつて立毛補償金としては高額にすぎること、確実にグランドハイツの敷地となるB地区内の土地と工事用地たるC地区内の土地を区別することなく同率の補償金が支払われ、しかもその後グランドハイツの敷地となつた部分についても改めて補償金の支払がなされていないこと(前掲証拠によつて認められる。)などの事実を綜合すれば、右補償金は、小作地の場合は旧小作人等において所有者との間に小作契約の合意解除をして耕作を放棄することに対する代償として、また自作地の場合にはこれまで所有権にもとずいて自ら実施してきた耕作を放棄することに対する代償(いずれも一種の離作料)としての性質を有するものであると解するのが相当である。これを本件土地についていうならば、前記相原貴一郎等の旧小作人等に対する補償金は、原告等との間の本件土地に関する賃貸借契約を合意により解除してその耕作を放棄したことに対する代償として支払われたものであると解すべきである。(なお、右合意解除がなされた昭和二二年半頃において、昭和二一年法律第四二号による改正後の農地調整法第九条第四項、第三項により農地の賃貸人が賃貸借契約を解除するについては市町村農地委員会の承認を受けることが有効要件とされていたが右規定は合意解除については、適用がないものと解する。

しかし、前記認定によれば、右相原貴一郎は補償金の受領後も所管行政庁及び占領軍当局の諒解のもとに、但し現実に工事用地として使用されるまでという条件で、従前と全く同様にそれぞれ本件土地の耕作を継続していたのであるがすでに被告との間に借上契約を結んだ原告等としては、右相原貴一郎等の一時の耕作について被告が同意している以上特にこれを反対すべき理由はなく、むしろ暗黙のうちに承諾していた(後述のとおり被告の借上以後においても原告等が相原貴一郎等からの異議もなく謝礼を受け取つていたことも右暗黙の承諾を推認せしめる。)ものというべく、要するに本件買収処分当時においては原告らは一方において被告国にこれを賃貸して賃料を得ていたが、被告が現実にこれを使用しないまま他方原告等と従前の賃借人である相原貴一郎等との間には本件土地につき使用貸借関係が存在していたものと解すべきである。(証人小沢銀蔵、同相原貴一郎、同藤並政彦の証言によると、相原貴一郎等従前の賃借人は本件買収処分当時に至るまで原告等に対し一反につき一年金一五〇円乃至三〇〇円程度の割合による金員を提供していたことが認められるが、これをもつて原告らの二重賃貸とまで認めるのはまだ十分でなく、すでに同人等旧小作人が被告から離作料の交付を受けたいきさつなどからしてこれは本件土地の使用の対価としてというほどの意味ではなく、原告所有の土地をともかく耕作使用していることについて同人らの謝意の表現の趣旨で持参したものと解するのが相当である。)したがつて本件土地を旧自創法第三条第一項第二号の小作地にあたるものとしてした本件買収処分は結局において適法であるといわなければならない。

四  以上のとおりであるから、本件買収処分の無効確認を求める原告等の請求はいずれも理由がないものというべく、さらに本件売渡処分の無効確認を求める原告等の請求は、いずれも本件買収処分が無効であることを前提とするものであるから同様に理由がないものといわなければならない。よつて原告等の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浅沼武 菅野啓蔵 小中信幸)

(別紙、別表省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例